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拗々

ラクに楽しく、満足しながら生きたいと思っている人の日記です。

2017年の手帳は無印良品マンスリーノートにしました

くらし くらし-シンプルライフ

手帳の季節ですねー。

文房具大好きなので、毎年この時期はワクワクします。

大学1年から使い続けたほぼ日手帳。今年は「カズン」の分冊タイプavecを使っていました。

www.1101.com

一日1ページのA5サイズの空白は、普通に使っているとなかなか埋まりません。

もったいないので、空白をなくすために日記やブログのネタ、イラストなどを書いたりしていたのですが、手帳を開くメインの場は職場。
上司の隣でうっかりイラストを開く気まずさといったら…。

 

先日、iPad ProとApple pencilを購入したこともあり、イラストやプライベートの予定管理はデジタルメインで行おうかなー、という考えに至ったので、今年の手帳は最低限、とすることにしました。

過去の手帳の使い方を見てみると、仕事の予定はほとんどマンスリーページで管理しきれています。

ということで、無印良品週間(10%オフ)のうちに無印良品で購入!
マンスリーの手帳を使うのは高校生以来です。

www.muji.net

 

 超シンプル。個人的にマンスリーページは月曜始まりが好きなので嬉しい!f:id:namellow:20161123173624j:image

 

2ページほど、日付の入っていないカレンダーページがついています。次のノートとの間って困ることもあるし、いいですよね。あと特別に管理が必要な予定が入った時などに、別のページがあると嬉しいのかも。

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残り…というかほとんどが方眼のノート!(方眼好き)

必要になった時に前のページから埋めていけばいいから、空白ページのもったいなさを考えなくていいですね。毎日仕事のためにスケジュール帳使うわけじゃないんで!(暇ということ…?)

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カバンが軽くなった分、iPadを持ち歩きます〜。

いつかぶあっついシステム手帳をもたないと仕事のスケジュールが管理しきれない日がくるのだろうか…?来なくていいです。

むしろ。マンスリー手帳で管理できないような仕事はしないぞ!!と思って生きていったほうが気楽かもしれませんね。

 

「男」と「女」の間で

こじらせ こじらせ-こじらせエピソード

私が生まれ育った田舎の学校での話です。

小学5年生のときに、クラスで4番目に小さかった身長が、後ろから2番目になりました。わずか半年ほどの期間で一気に背が伸びたので、背が伸びる前と後では扱いが全然変わるんだな と如実に感じることがありました。

 

私は児童会執行部に所属しており、活動内容のひとつに学校行事の運営のお手伝いがありました。背が伸びる前は、女子の仕事である体育館のモップがけとか、マイクの片付けを、ほかの女の子たちと一緒にやっていました。それがある日から、体育館の暗幕を交換する際「男子と山田でやれ」と言われるようになりました。背の小さな男の子は、椅子をつかっていました。小さな出来事ですが、「他の女の子達とは別」という扱いを受けた記憶として、今でも覚えています。

ほかにも、給食当番の時に問答無用で汁物か牛乳(※重い)を持たされるようになったこと。私は、おかずを均等に、ぴったり盛り付けられることに誇りを持っていたので(笑)配膳が難しい副菜を担当することが多く、少し誇らしく思ってました。ある日「A子ちゃんには牛乳は重いから、山田ちゃんにお願いできるかな」と先生に言われた時の釈然としない感じは忘れられません。自分が運んだものの配膳を担当するというルールだったので、配ったおかずが足りなくなって、みんなのお皿から回収に回るA子ちゃんをモヤモヤとした気持ちで見ていました。

小学校低学年までは、腰まで届く長い髪を三つ編みにして、女の子らしい服装を好んでいました。ミキハウスのワンピースに、白いタイツという組み合わせが特に気に入っていました。水泳部に入り、髪を乾かすのが大変だから という理由が主だったと思うのですが、背が伸びはじめたのと時期を同じくして、髪を短くしました。洋服は、大きめのTシャツ・ジーンズばかり買い与えられるようになりました私の好みは変わっていないのに、親や友達から「ボーイッシュなのもいい」「背が高いからカッコイイ服のほうがいい」という言葉をかけられ、半ば押し付けられたように感じていました。

 

じきに、私はそっちのほうがいいのだ と思い込むようになりました。みんなが求めている振る舞いをする子でありたいから。

 

当時の私は優等生でした。通知表はオール5(たまに体育が4)、児童会に所属し、部活動では学校を代表する選手でした。いつしか「男の子には負けない」という気持ちも持つようになりました。望むと望まざると、たびたび私は男の子と「同じ土俵」に入れられるからです。同じ土俵に上げられた時に男の子に勝つと、とても褒めてもらえました。褒められるのは、気分が良かった。

(なんで男の子には負けるのが普通 になっているの?という疑問が湧くのは、もうちょっと後の話です)

 

これらのささいな体験をきっかけとして、私は自分のことを「男」と「女」の間のものと思って生きてきたように思うのです。

 

中学生の始めは、小学生の延長のまま生きていました。「生意気な女」と陰口を叩かれることもありました。小学生のときと違うのは、中学生になるとテストに順位が付けられて、公開されることでした。結果を出せば誰が見てもわかる世界は、快適でした。

勉強以外で男の子と同じ土俵に上げられることは少なくなりました。ですが、私はすでに「男の子と同じ土俵で戦い、負けない」ことに自分の価値を見出すようになっていました。自ら手を挙げて、同じことをやりたがりました。「女子がでしゃばるな」と言われました。失敗を繰り返し、上がってはいけない土俵を覚えていきました。単純なことです。腕力が、膂力が、必要なことはかなわないと知りました。興味のない分野で知識をひけらかしてはいけません。リーダー的な役職は、基本的に男性のほうが話が早いです。男は男にならついていくし、女は男に抵抗なくついていくから。かなり主語の大きなあやうい表現をしていると思いますが、田舎の中学校で、当時の私が感じたことです。

 

強制的に上げられた土俵を降りて、土俵脇で応援していた女の子のひとりに戻るんだな、と思いました。いじめっ子に文句を言いに行った時も、休み時間に遊びに使う場所を争いに行った時も、一番前に出て頑張ってきた。すぐ叩くガキ大将にはやり返した。でもこれからは、そんなにわかりやすく役に立てることはもうない。なんでもなくなった私が仲間に入れてもらえるかどうか、不安でした。

現実には、女の子には女の子の土俵があったのです。私は、女の子代表として応援なんてされていなかった。独り相撲でした。

 

数人の長い付き合いの友人を除いて、私は女の子たちとうまく話せなくなっていました。最後に残った男性と同じ土俵の「勉強」と生徒会活動で放課後の予定は埋まり、自然と入ってくる情報は勉強のライバルの男の子や、生徒会の先輩からのゲームと少年ジャンプの話ばかり。女友達との共通の話題が、言語が、ないのです。ジャニーズJr.の話、当時流行っていたお笑い番組の話、芸能人の名前、ドラマの内容、私には何もわかりませんでした。共感をベースにして、相手を不快にさせず円滑に話題を盛り上げる、という話し方も、できませんでした。

長い付き合いの友人たちは、半分くらいがいわゆるオタク女子で、もう半分は活発なクラスの中心にいるタイプの女子でした。どちらも、私があまり話を聞くのが得意でないことを知っていて、私にたくさん喋らせてくれました。だから、中学生だった当時は、自分が人の話を聞くことができていない、なんて気づきもしませんでした。とても優しい世界の中で過ごしていたのだと、今ならばわかります。

男の子から「女の子扱い」をされるのが、苦手でした。気恥ずかしさと、「もう同じ土俵で戦ってもらえない」悔しさのようなものが入り混じって、「私はだいじょうぶ、自分でできる」と返してしまう。「お前は女って感じじゃないからなー」と言われることや、「女なのにゲームと少年漫画の話ができるの珍しい」と言われることは、褒め言葉のように感じていました。

可愛くあろうとすることには背を向けました。私の個性は「女ではないこと」だと思っていたから。身長は、まだ伸び続けていました。

 

高校生になりました。男の子はより男性らしく、女の子はより女性らしくなっていきました。私のコンプレックスはどんどん肥大して、しだいに「女子が沢山いる場所は苦手」とまで思うようになりました。そばかすだらけの顔をして、親が買ってくる服を着て、寝癖の治し方もよくわからないままで、学校では逃げるように机の上で顔を下げて勉強をして、家ではこの頃手に入れたパソコンでインターネットの向こう側の友人たちと漫画の話ばかりしていました。とても楽しかったから、その全てを否定するつもりはないんだけれど。

綺麗な子はどんどん大人のようになっていって、化粧を覚えたり、休日の私服を都会で買うようになりました。「今度一緒に行こう」と誘われても、私はそういうのいいです、という態度を取っていました。

興味がなかったか、と言われると嘘になります。私は地元の高校に進学したので、クラスメイトの三分の一は中学時代の知り合いでした。その人たちの前で「女子っぽい」振る舞いをすることができなかった。何を思われるのかが、とても怖かったのです。

進路選択の際、私は私立の文系大学に進もうと思っていました。当時は英語と国語が好きだったから。高校2年生から進路別にクラス分けがありました。私立文系クラスの先輩たちは、ザ・女!!という感じがすごく、化粧もしていてスカートも短くて、ああ、私はあの空間に混ざれない と思いました。

結局教室の8割が男子の国立理系クラスに進んで、そこではザ・女!!という人は少数派で、私はなんとなくその他大勢のうちの一人になれた気がして、数年ぶりに落ち着きました。

そのまま理系の大学・大学院に進学し、就職して、いままでずっといわゆる男社会に所属しつづけています。

 

その環境であれば、私は相対的に「女」です。

今となっては、水割りだって作るし、下世話な話も流します。3次会は女の子のいるお店に行こうという流れの中、帰宅を促される視線を受けることで、やっぱり私はそっち側には入れてもらえないんだな、と、何かが削れる感じがします。別に女の子のいるお店に行きたいわけじゃないですし、みんなが行きたい、私は行きたくない、という多数決の原理で当然の帰結だとは思います。それでも、どこかちょっと寂しい。

 

今、ブログや日記を書き始めて、自分のやりたいことや欲に向き合って、ぼんやりと欲望の形は見えているのに二の足を踏んでいる自分がいます。やりたいことは沢山あるのに、そのどれも中途半端なまま。「女」らしくなれないというだけではなく、「既婚である」「せっかくの正社員」「仮にも専門分野」とか、いろんな理由をつけてどこにも踏み出せていない。このまま、何にもなれないまま、生きていくのは辛すぎる。

 

そんなことを思っている休日です。

 

始め書きたかったこととズレてきて、読み物としてはダメだなあ、と思うんですけど、すみません。精進します。

 

 ずっと同じことを言っている気がします。

namellow.hatenablog.com

 

穴の底で待っていてくれる人はもういない

日記

2016年11月17日(木)

 

昼休みに雨宮まみさんの訃報に触れて、そこから現実感のないふわふわとした一日でした。

寂しく悲しい。この感情を、公開できる文章に整える能力に欠けているので、今日はもう書けません。

 

月の綺麗な夜でした。

 

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東京を生きる